研究内容


研究室の目的

私たちの研究室の究極的な目標は、「心はなぜ生まれたのか」を解明することです。この疑問に答えるために、「心はコミュニケーションから生まれた」という仮説を提案します。

 まず、他者とのコミュニケーションにあたって相手の行動を予測するようになったことから、他者に心を仮定するようになりました。つぎに、他者に心を仮定することを可能にする心的機構を自らの行動にも当てはめた結果、自己の心が生じました。以上が仮説のあらましです。

 私たちの研究室では、動物をおもな研究対象として上記の仮説を検討しています。動物を対象とする理由は、人間はみな自分が心を持っていることを知っており、このことを無意識に他者にも当てはめてしまうからです。動物を対象とすることによって、この無意識的な前提にしばられることなく、心の起源に迫りたいのです。同時に、動物でわかったことが人間にも当てはまるかどうかを検討するために、人間を対象とした研究も並行して進めています。
「心はコミュニケーションから生まれた」という仮説の妥当性を検討するため、大きく分けて3つの研究を進めています。1つは、行動系列の生成と認知に関わるものです。心の予測には認知的階層性が大切ですが、この研究によってその階層性を可能にする心的機構がわかるでしょう(研究1)。もう1つは情動による行動制御に関わるものです。この研究からは、情動の共有から他者および自己の心の予測に至る心的機構がわかるでしょう(研究2)。また、これら両方に関わるものとしてメタ認知があります。メタ認知とは、自己の認知過程それ自体を認知することで、自己の心の発見に重要な役割を持つと考えています(研究3)。
これらの研究は、一般の方にも興味を持っていただけると考えています。それゆえ、私たちは科学的知識を伝えること自体にも興味をもっており、研究テーマの1つと位置づけています(研究4)。そのひとつには、以上の研究を総合して言語の起源を考察する、言語起源論が含まれます。


研究1

1-1 小鳥の聴覚発声系とミラーニューロン

言語は、心の存在にとって大切な要素の1つです。私たちは、ヒトの言語を可能にする神経機構の一部を調べるために、小鳥の歌学習を対象とした研究を行っています。
小鳥の歌とヒトの発話には共通点があります。両者とも、一定の規則にしたがって要素が並んだ音声の系列です。歌も言語も発声学習によって獲得されます。発声学習とは、聴いた音声を手本として、自らもその音声を発することができるようになる学習のことです。

発声学習をするためには、自分の発声と手本となる発声との照合が不可欠です。私たちはこの過程でミラーニューロンが重要な役割を果たすと考えています。ミラーニューロンとは、自分がある運動をするときと、他者がその運動をするのを見ているときの両方に活動する運動系のニューロンです。最初にサルで報告され、ヒトでも同じ機能をもつ回路であるミラーシステムの存在が報告されています。小鳥でも、自分が歌っているときにも歌を聴いているときにも活動するミラーニューロンが発見されました。
ミラーニューロンが発声学習においてどのような機能を持つかということを、行動学、電気生理学、分子生物学的な手法を用いて研究しています。

1-2 小鳥のリズムとコミュニケーション

小鳥の求愛行動には特徴的な行動系列(歌・ダンス)が含まれます。そのようなコミュニケーション様式が、親から子へと世代を経るとどう変容するのか、またどのような神経機構にもとづくのかを知りたいと考えています。
小鳥の多くがそうであるように、ジュウシマツのオスは求愛のためにさえずります。メスに選ばれたオスは子どもを残し、彼の歌(さえずり)は息子に継承されます。メスによる選択および息子による学習が、歌が世代間で変容する契機となります。ジュウシマツの歌に見られる複雑さは、これらを通じてどのように現れたのでしょうか。行動実験とシミュレーションによって、その過程を描きたいと考えています。
ブンチョウの求愛行動には歌だけでなく、ダンスもあります。メスは歌わないものの、オスとメスとで息の合ったダンスをすることができます。実はこのようなリズム同調の能力は、ヒトをのぞくと限られた動物でしか確認されていません。ブンチョウを対象に研究をすることで、コミュニケーションにおける同調の役割と神経機構を探ることを目指しています。

1-3 ヒトの音楽生成と知覚

音楽と言語には共通する要素が多々あります。どちらもヒトにしかないものです。どちらも音声から成り立ち、階層構造やリズムを持ち、情動に強く作用します。一方、両者には相違点もあります。言語は具体的な知識を伝達・蓄積できますが、音楽にはそのような機能はありません。以上のことから、音楽の生成と知覚を研究することで、言語がどのように生まれたのかについて何らかの示唆を得ることができると、私たちは考えています。
これまで進めてきた研究は、音楽が伝える情動の性質、絶対音感を持つ人とそうでない人の脳活動の差異、音楽演奏中に生じた弾き間違いが起こす脳活動等について等です。機能的MRI、脳波、経頭蓋磁気刺激、経頭蓋電気刺激、心拍、皮膚伝導率、視線等の計測を利用した研究が可能です。音楽を研究対象とすることで、動物の歌研究から得られた結果と比較することもできます。今後は、音楽を題材として時系列行動の制御と報酬系の関連についての研究を進めていきたいと考えています。

1-4 時間生成の神経回路

私たちはどのように時間を感じるのでしょう。時間はそれ自体の受容器を持たない点で特殊な感覚です。ところが私たちは、大脳皮質の一部(後部帯状回)に、時間間隔を計測し生成することが可能な神経回路を発見し、その解剖学的な特徴を同定しました。この回路は、視床からの感覚入力に時間遅れを加え、海馬からの情動入力と連合学習をすることが可能です。私たちはこの回路を「遅延カスケードモデル」と命名しました。この回路により、10秒前後の時間を符号化可能です。私たちはこの回路の機能の詳細を行動実験と電気生理実験から理解したいと考え、研究を進めています。


研究2

2-1 ラットの情動コミュニケーション音声研究

ラットやマウスといったげっ歯類は、人間には聞こえない超音波帯域の発声を用いてコミュニケーションをおこなっています。このうち、ラットの50 kHz帯域の発声は快の情動、22 kHz帯域の発声は不快の情動を反映することが知られています。これらはヒトの笑い声や泣き声におおむね対応するとされています。

誰かの笑い声を聞いて嬉しくなったり、泣き声を聞いて悲しくなったりすることを「情動伝染」と言います。私たちの研究室では、ラットも快・不快の発声を聞いて情動伝染を起こすことを「認知バイアス課題」を用いて示しました。この課題では、快の発声を聞くと楽観的に、不快の発声を聞くと悲観的になると想定し、それらの発声を聞いたラットの行動の変化を計測することで、間接的にラットの情動状態を知ることができます。このほか、客観的に測定できる心拍などの生理状態をラットの情動状態の指標に利用できないか検討しています。
ラットやマウスをモデルに研究を続けることで、情動伝染がどのような神経機構で担われているのかを含めた、情動コミュニケーションの包括的な理解につなげたいと考えています。

2-2 小鳥の社会性の神経機構

「動物はどのように社会性を発達させ、維持し、発現させているのか?」という問いに答えることを目指し、小鳥の社会的行動に着目した神経科学的研究を進めています。
小鳥は高い社会性をもつ動物です。オスとメスはつがいを作り、共同で繁殖をおこないます。また、つがいや集団で移動や採餌をともにするなど、他個体と行動を同調させる姿も頻繁にみられます。このような個体間の社会的結びつきの形成と維持は、視覚や聴覚を中心としたコミュニケーションに強く依存すると考えられています。
そこで私たちは、小鳥が他個体からコミュニケーション信号を受け取り、適切な行動をとるための神経機構について調べています。これまでの研究では、特定の脳部位を損傷させる手法を用い、オスからメスへの求愛行動に加え、同性間でのコミュニケーションをうまく成立させるために必要な脳部位がわかってきました。また、1つ1つの神経細胞から活動を記録する方法を使い、小鳥が他個体の発声を聴いたときに、その脳部位がどのように反応するかも調べています。

2-3 乳幼児の泣き声コミュニケーション

ヒトの乳児は大きな声でたくさん泣きます。生まれてすぐの泣き声は単調な音の連続ですが、発達とともにいろいろな泣き方をするようになります。私たちは、泣いているわが子への母親のはたらきかけが、泣き声(音)と状況(意味)の対応づけを促すのではないかという仮説のもと、研究を進めています。
わが子の泣く理由を母親に推測してもらう調査の結果、「空腹」や「眠い」といった生理的な訴えという解釈が調査期間を通じて多い一方、発達とともに「さびしい」などの社会的な訴えとする解釈が増えてくることがわかりました。乳児の側でも、生後2ヶ月ころから状況に応じて泣き方が異なっていることが、泣き声の音響分析から明らかになりました。さらに、乳児が自分の泣き声を聞いているときの脳活動(近赤外分光法)を調べたところ、生後1、2ヶ月にはすでに自分の泣き声に注意を向けていることがわかりました。自分の声に注意を向けることは、泣き声を状況に応じて調整する能力の前提となります。
私たちは、泣きをめぐる母子間相互作用が、乳児の行動表出を生理的な面からより情動的・社会的な面へと広げてゆく可能性を考えています。


研究3

3-1 ラットとヒトのメタ認知

メタ認知とは、自己の認知過程それ自体を認知することです。例えば、今ここで明日のあなたの予定をすべて思い出そうとすると、ある予定は間違いなく思いだせる一方、別な予定については確かあったはずだがうまく思い出せない、ということもあるでしょう。このように、自分が何かについて確かに覚えている(もしくは覚えていない)と認知することもメタ認知の一種です。
メタ認知はヒト特有の認知能力のようにも見えますが、ヒト以外の動物においても、その能力の有無は充分に検討できます。それはメタ認知を、「自己の認知過程を観察し、それに応じて適切に行動を制御する能力」ととらえ、言語報告に依存しない実験を考案することで可能になります。すでに霊長類などでは、この基準に合致するメタ認知的行動がみられると報告されています。
私たちの研究室では、ラットとヒトを対象に形式の似たメタ認知課題を遂行させ、その結果を比較することで、メタ認知とは何か、その萌芽とは何かを調べています。

3-2 人間の尊敬感情の神経機構

日本語には敬愛、心酔、感心など尊敬に関連した言葉が豊富に存在しますが、そもそも尊敬とはどういう感情でしょうか。称賛や憧れといったより基本的な感情、また他者を手本に自分を向上させたいという内発的な動機づけがまとめあげられて、尊敬という感情をもたらすというふうに考えることもできます。私たちがこのテーマを、メタ認知研究の1つとして位置づけているのはそのためです。
尊敬という感情には、技能や知識の取り込みを促進する側面があります。「学ぶ」という言葉は「まねぶ」つまり「まねをする」ことに由来するそうですが、他個体の行動のまねをすること自体、ヒトという種で高度に進化した行動です。尊敬感情を切り口に研究を行うことで、ヒトの「学び」のあり方について新たな光が当てられることを期待しています。
 具体的には人間の被験者を対象に、尊敬感情を抱いたときの脳活動の計測(機能的磁気共鳴画像報fMRI)、また自律神経系指標の計測(心拍数や皮膚電位反応など)を通して、尊敬感情の神経基盤とその特性を調べています。

3-3 人間の言語と数学に共通する神経機構

他の動物になく人間だけがもつ能力にはさまざまなものがありますが、中でも言語と数学は、文化や社会を作り上げるうえで大切な能力です。文章をつくるときに単語が組み合わされる法則を文法と言いますが、このような言語の文法と似た文法が数学にも備わっていると考えられます。例えば、「3+5=8」は文法的に正しい数式ですが、「35+=8」は文法的に間違っている数式だと言えます。
私たちの研究室では、様々な文法的な形をもった文と数式を被験者に読んだり計算したりしてもらい、文法的に似た形をもつ文と数式を理解するときに、それらの文法的形によって相互作用が生じることを明らかにしました。さらにそのような相互作用が生じている時の神経活動を、機能的磁気共鳴画像法(MRI)という手法を使って調べました。すると、左半球のブローカ野という脳部位に数学と言語に共通して神経活動が生じ、またその部位でそれらの文法的な相互作用に対応する神経活動が見られました。この結果は、言語と数学に共通する神経機構としてブローカ野が重要な役割を担っているということを示しています。


研究4

4-1 小鳥の歌研究は言語起源の理解に貢献するか

小鳥の歌は求愛となわばり防衛のためにうたわれます。どのように歌の要素を並べ替えてうたったとしても、その機能は変わりません。この点で小鳥の歌はヒトの言語と全く異なっています。ヒトの言語は音素の並べ替えや組み合わせによって、無数の表現を生み出します。
この違いを念頭に置いてもなお興味深いのは、意味を持たなくとも小鳥の歌には文法のような規則性が見出せるということです。言語起源論の多くは初めに意味が、つづいて文法が現れたとしていますが、意味を欠いていても複雑な構造を持った歌が現れうることが、私たちの研究からわかりました。
ジュウシマツの歌はあるフレーズを繰り返しうたうものではなく、フレーズよりも小さい単位であるチャンクの間を確率的に遷移するという構造を持っています。一方で、彼らの祖先とされるコシジロキンパラの歌は、フレーズの繰り返しが基本です。江戸時代にコシジロキンパラが日本に輸入され、ジュウシマツとしてペットとなった250年の間に、なぜこれほど歌が変化したのでしょうか。2010年に出版した『さえずり言語起源論』(岩波書店)では、ジュウシマツの「歌文法」の発見に始まる研究の軌跡を記し、小鳥の歌研究からヒトの言語起源に迫っています。

4-2 科学書の紹介

研究室の主催者である岡ノ谷は、現在、読売新聞社の読書委員として科学書を中心に書評を書いています。各国の科学解説書が発売後すぐに翻訳され、母語で読めるという世界でも希に恵まれた環境に、私たち日本人は住んでいます。出版文化は日本の宝です。しかしながら科学書全般の売れ行きはそれほど思わしくなく、一般の科学的好奇心はあまり高いとは言えません。これはとても残念なことです。
岡ノ谷は日本学術会議連携会員として、サイエンスカフェ、一般や高校生向けの講演会等にも参加しており、研究成果を広く一般に伝えることに積極的に取り組んでいます。これまでに、岡ノ谷が関わった研究についての一般向け書籍を何冊か出版しています。今後は、鳥の歌研究の歴史と現状についての解説書、情動と感情の起源と進化についての解説書をまとめてみたいと考えています。以下は、岡ノ谷の書評が載っているサイトへのリンクです。

読売新聞 本よみうり堂
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/
書評まとめ読みサイト BookBang
http://www.bookbang.jp/
以下は、岡ノ谷が「考える人」ウエッブサイトで連載している青春記です。
https://kangaeruhito.jp/articlecat/okapon

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